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福井大学附属中学校の後輩諸君へ

附属中学校 3回生の松澤と申します。

matsuzawa1現在、タイ国の首都バンコックから南に1000km南に位置するハジャイ市というところで 鮭鱒の水産加工場の経営をまかされ現地の方々と日夜 奮闘しております。

北緯7度に位置するということは 赤道に近い地域ですから 勿論椰子の木茂る南国です。象が闊歩し、パパイヤ、マンゴー、バナナが実り、毎日気温は30度を超えます。何故こんなところで 寒流系の魚の代表とも言える鮭の加工をしているのと不思議な感じを持たれるかもしれませんが、それは経済的に採算がとれるのであれば魚が空を飛ぶ時代ですから、珍しいことでもありません。当工場の原料は南米チリや北欧、ロシア、日本からタイに輸出されてきたものであり、これを加工して主に日本に輸出しています。

それはともかく、私は旧丹生郡清水町出身で海外での仕事などまったく想像もしていなかったのですが、どういうわけか大学では水産学部漁業学科を選択し、その後14年間船乗り生活を経験(格好の良いマドロスさんではなく、正確には漁船乗りですが)陸上勤務になってからも実に様々な仕事を手掛けてきました。

人生には転機というものがあります。

matsuzawa2私にとっての転機は37歳のとき突然いわれた「米国シアトルへの駐在命令」でした。ろくに英語の勉強をしてなかった私は正直慌てました。私の英語力は高校生までで止まっており、しかも忘れています。早速、英会話スクールへ通い始めましたが付け焼刃は身につきません。「いってからでもなんとかなるだろう」と腹を括ってのスタートでどうなるかと思いましたが「案ずるより生むが易し」の言葉の通り、当時は綺麗な英語を話すより必要なことをなんとか理解し、自分の意思を伝えようと必死でした。恥ずかしさより度胸が優先でした。でも必死な思いは相手には伝わるもので、なんとかなっちゃいました。これで味をしめて私の英語は完全な度胸英語になってしまいましたけど。

現在赴任しているタイ国は英語圏ではありません。公用語はタイ語ですが、難解なタイ語は到底読むことも話すことも無理です。

clip_image002幸い、若いタイ人は英語教育を受けており片言でもはなしますので、私は英語、日本語、タイ語のちゃんぽんに加え身振り手振りと漫画を描くことでコミュニケーションをとっています。なんとかなるもんです。もう5年ここで過ごしました。

NHKの国際放送で最近の若い方々が折角の海外留学の機会がありながらも、応募者が少ないというニュースを聞いて驚いています。残念なことです。理由を聞くとちょっと軟弱すぎるんじゃないのかなと思うばかり。皆さん、チャンスに恵まれたら決して英語を上手に話せなくても海外で頑張ってみようという気力があればどうにでもなるもんだ、ということを忘れずに広い世界に飛び出していって欲しいと思います。

あともうひとつ、文化、宗教の違いはあっても人間の基本的な考え方にそう大きな違いはなく、信頼しあって本音をぶつけあいながらつきあってゆくことは可能であるということを忘れないで欲しいと思います。

皆さんの奮闘に期待します。

2010年12月13日
タイ国 在留  松澤修二 

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